関ヶ原古戦場 決戦地
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岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原1202
誰もが知る、天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(1600年)。 西軍・石田光成が布陣した笹尾山を背に、現在は田園の広がる中程に「決戦地」があります。 大きな石碑、徳川家・石田家の家紋入りの旗があり、休憩所もあります。 1600年9月15日午...
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うだつの上がる町並み
評価 3.0口コミ1件
岐阜県美濃市泉町 他
「うだつ」とは、屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐ防火壁のことで、多額の費用を要することから裕福な家のみ「うだつ」を作ることができたといいます。江戸時代、商人の町だった美濃市にはこの「うだつ」のある家屋が多く残されており、「うだつの上...
旧名鉄美濃駅
評価 3.0口コミ2件
岐阜県美濃市広岡町2926-4
大正12年10月に開設した「名鉄美濃駅」。「名鉄美濃町線」は明治44年から平成11年に廃止するまで90年間にわたり市民の足として親しまれました。 新関~美濃間は路線廃止となりましたが、駅舎・プラットホーム・線路が当時の姿のまま保存されており...
不破関資料館
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岐阜県不破郡関ケ原町松尾21-1
不破関は古代の東海道の鈴鹿関、北陸道愛発関と並ぶ三大関所跡の一つです。さらに、日本の歴史上クーデターかといわれる壬申の乱の大舞台がこの不破で展開されました。 古代三関は、この不破関以外は、所在がはっきりしていません。当時の法律にも定められた...
笹尾山(石田三成陣跡)
岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原4008
誰もが知る、天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(1600年)。 「決戦地」の北西に位置する小さな山が笹尾山です。ここに西軍・石田光成が、忠臣・島左近と共に布陣し、現在は「石田三成陣跡」の碑があります。 合戦時に、敵の攻撃からの防御として使われ...
関ヶ原笹尾山交流館
岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原1167-1 (旧関ケ原北小学校)
誰もが知る、天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(1600年)。 関ケ原古戦場でも一番の観光ポイントでもある、西軍・石田三成陣跡の笹尾山一帯での交流を促進するための拠点施設が「関ケ原笹尾山交流館」です。 おでかけもできる「甲冑体験(有料)」を...
関ヶ原古戦場 開戦地
岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原2368-1 (西田運動広場)
誰もが知る、天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(1600年)。 北天満山を背にした西田運動広場の入口に、「開戦地」の大きな碑があります。 (現在の標柱の位置は、圃場整備によって史跡指定時よりも約300m北に移動しています。) 合戦当日の朝...
桃配山・徳川家康最初陣跡(関ヶ原古戦場)
岐阜県不破郡関ケ原町野上1424-1
関ヶ原では、天下分け目の戦いが2つ行われたのは、ご存知ですか。 ひとつは、1600年の「関ヶ原の戦い」。もう1つは、672年の壬申の乱です。 実は「桃配山」はその二大戦の陣跡と言われています。 壬申の乱では、大海人皇子(のちの天武天皇)が...
徳川家康最後陣跡(関ヶ原古戦場)
岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原959-2
誰もが知っている天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(1600年)。 徳川家康は、当初の苦戦に苛立ち、本陣を桃配山から、石田三成の本陣・笹尾山のすぐ下(直線距離で500~600m)のここへ移動させました。 ここから、松尾山に陣取る小早川秀秋に発...
旧今井家住宅・美濃史料館
岐阜県美濃市泉町1883
「旧今井家住宅・美濃史料館」は、江戸時代から明治時代の商家が軒を連ねている「うだつのあがる町並み」にあります。この住宅は、江戸時代中期に建築された市内最大規模の商家で、うだつは、鬼瓦が小さく、破風瓦の下の懸魚のない最も古い簡素な形式が用いら...
白川郷(岐阜県)
長良公園(岐阜県)
新穂高ロープウェイ(岐阜県)
オアシスパーク(岐阜県)
ひるがの高原(岐阜県)
恵那峡ワンダーランド(岐阜県)
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