大富山城跡
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広島県庄原市西城町入江
広島県の庄原市西城町に「大富山城跡(だいとやまじょうせき)」があります。西城盆地の南の端にあり、懐かしい町並みの残る西城の町からも良く見える西城川の右側にある「大富山」の山頂に造られました。標高511メートルの大富山の急傾斜の崖が四方にあり...
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六の原製鉄場跡
広島県庄原市西城町油木
「六の原製鉄場跡」は、庄原市にある県指定の史跡です。近世末から明治時代初期にかけて、この場所では砂鉄の採取から製鉄までが行われていました。広島県にはこうした「たたら吹製鉄」の跡が多数あり、「六の原製鉄場跡」もそのひとつです。昭和47年(19...
潮音洞
山口県周南市鹿野上大地庵
県の文化財にも指定されている潮音洞は、江戸時代の初め、水利に恵まれなかった鹿野台地の用水確保に立ちあがった岩崎想左衛門重友が、私財をなげうって建設したものです。漢陽寺の裏山を掘って水路を作り、錦川の上流から水を引きました。当時は測量の技術や...
帝釈峡馬渡遺跡
広島県庄原市東城町帝釈未渡
広島県の庄原市東城町帝釈未渡(とうじょうちょうたいしゃくみど)にある「帝釈峡馬渡遺跡(たいしゃくきょうまわたりいせき)」は庄原市東城町と神石高原町の間にあります。「帝釈川の谷」として国指定の史跡です。遺跡は帝釈川の支流である馬渡川の右側にあ...
佐波川関水
山口県山口市徳地船路
「佐波川関水(さばがわせきみず)」とは、東大寺を建て直すために「重源(ちょうげん)」が佐波川を使い、木材運搬用につくった水路です。当時は百数十カ所ほど関水がありましたが、現存するのは「徳地船路(とくぢふなじ)」のみです。関水は、木が流れにく...
岸見の石風呂
山口県山口市徳地岸見
山口市の徳地岸見に「岸見の石風呂」の遺跡があります。東大寺再建の際に木材を切り出して調達しました。重源上人が従事した人々の慰労のために造った石風呂です。花崗岩石を積み上げて石室を作りその中で、枝を燃やして石を焼き、濡れた莚を敷きます。その上...
菊ケ浜土塁(女台場)
山口県萩市菊ケ浜
下関戦争を契機に、長州藩の命によって現在の山口県萩市に築かれた土塁です。高さ3m、幅12mの土塁が50mにわたって残されています。この土塁の建造にあたっては、周辺の住民が老若男女問わず総動員されました。特に武家の妻や女中がさかんに働いたこと...
山縣有朋誕生地
山口県萩市川島
山縣有朋(やまがたありとも)は、明治政府の中心的な存在であった人物です。天保9年(1838年)、萩藩の中間(足軽の下の身分)であった「山県有稔」の次男として誕生しました。「小輔」、「狂介」といった幼名を持ち、文武に秀で、優れた槍の使い手でし...
萩城下街割原標石
山口県萩市江向495-4 萩市民館近く
江戸時代、毛利輝元が居城とした萩城。その萩城の築城と時を同じくして、城下町の町割が行われました。その際、町割の基準石となった標石が残っています。現在は萩市民館の横にあるこの原標石は、市民館建設の際に10メートルほど東南に移され、その後また市...
吉田松陰誕生地
山口県萩市椿東椎原
幕末の思想家として有名な「吉田松陰」は、天保元年(1830年)に萩藩士「杉百合之助」の次男として松本村(現在の椿東椎原)に誕生しました。4年後に叔父「吉田大助」の養子となりますが、吉田家を継いだ後も、両親と兄弟とともにこの地に住み続けました...
鳥取砂丘(鳥取県)
足立美術館(島根県)
吉備津神社(岡山県)
マツダスタジアム(広島県)
秋芳洞(山口県)
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