旅人は、隼人の反乱(720年/養老4年)の鎮圧を指揮し、隼人の兵士1400人を殺害もしくは捕虜としています。元来穏やかで優しい性格であったらしい旅人にとって、これは致し方ない戦争とはいえ、心に深く刺さった棘でもありました。大和政権に恭順した隼人族が朝貢の際舞わされる「隼人舞」は、神話上の祖であるとされる海幸彦(ホデリノミコト/火照命)が山幸彦の宝具により溺死するさまを面白おかしく演じた屈辱的なもので、このことも旅人は心を痛めていたようです。律令国家に隼人族をさっさと組み入れ、徴税しようとする中央政権に対し、旅人は「朝貢させるだけでよい」と提言し、本格的な同化政策に80年にわたる猶予をもたらしました。
隼人(はやひと)の瀬戸の巌(いわお)も年魚(あゆ)走る吉野の瀧になほ及かずけり (万葉集・巻六雑歌960)
この歌は、現在の鹿児島県長島町と阿久根市の間の海峡である黒之瀬戸で謳われたもので、万葉集歌中、最南端の地の歌であるといわれます。隼人の反乱平定の時期なのか、太宰帥赴任の時期なのかは定かではありませんが、遠い南九州の地で元気よくはねる鮎を見て故郷吉野の鮎を思い浮かべ、望郷の念に駆られつつも、この異民族の地もまたそこに暮らす人々にとっての故郷であるということに思いを致しています。
この代にし楽しくあらば来む生(よ)には蟲に鳥にも吾はなりなむ (万葉集巻三・雑歌348)
「酒を讃むる歌」十三首のうちの一首で、「酒がのめんなら来世は虫でも鳥でもいいや」というだらしない意味に取られがちですが、旅人のように日常的に酒をたしなむのは、当時の日本人にはなじみのない習慣で、酒は大事な政治の席や儀式などで飲まれる儀礼的なものでした。中国の知識人の習慣に通じていた旅人は、中国の知識人が世捨て人や仙人のように酔いどれて楽しんでいたことを知っていて、あえてこのような歌を読んでいます。そしてここには、中央政権内の血みどろの政治抗争や、自らが指揮した隼人討伐で心ならずも討ち果たしてしまった隼人の人々、人間の世のむごさ、残酷さへの批判が背景にあります。現代ドラマに「私は貝になりたい」という名作がありますが、この歌には、「憎しみあい、いがみ合わない楽しい世ならば、虫でも鳥でも私は生まれ変わりたいよ。さあ、争うのはやめて酒でも飲んで楽しもうよ」という思いがこめられています。
旅人の詠む歌のようにおおらかに、新しく始まる「令和」が、ちっぽけな路傍の花であるナガミヒナゲシを目の敵にするような偏狭な世の中ではなく、人間にとっても他の生き物たちにとっても、相和す楽しい時代であってほしい、と切に願います。
参照
万葉集上巻 (佐佐木信綱編 岩波文庫)
農業環境技術研究所 > 刊行物 > 研究成果情報 > 平成21年度 (第26集)環境省・外来生物法