南天の実のゆんらりゆらりと鳥の立つー10月30日は紅葉忌
明治期の大ヒット作『金色夜叉』
熱海の「貫一お宮像」
紅葉は、前期には井原西鶴の影響を受け、後に近代ヨーロッパ文学や『源氏物語』を研究し、心理描写に注力していったとされています。その結晶が、写実主義の最高作で、意義深い言文一致体の小説として名高い『金色夜叉』。1897(明治30)年から新聞連載されたこの小説は、資産家との結婚を選んだ許嫁のお宮に裏切られたとして、主人公貫一が、高利貸しとなって復讐しようとする物語です。
紅葉忌金がたきの恋今も
熱海 お宮の松
そんな尾崎紅葉の忌日に、こんな句が寄せられています。
・難題を課してたのしむ紅葉忌
〈山口青邨〉
・吉原は菊の盛りや紅葉忌
〈増田龍雨〉
・紅葉忌舞台の裏に修しけり
〈石川春象〉
・紅葉忌金がたきの恋今も
〈渋沢渋亭〉
化けそうな茶釜もあるや榾の宿
・年玉やものものしくも紙二帖
・家に窓窓に雨ある若葉哉
・化けそうな茶釜もあるや榾の宿
「榾(ほた/ほだ)」は、大きな材木、または薪の意味で、冬の季語。温泉宿でしょうか、ユーモラスな描写です。
・芋虫の雨を聴き居る葉裏哉
・泣いて行くウェルテルに逢ふ朧哉
『若きウェルテルの悩み』を思い起こしたのでしょう。
一部の作品には前衛的と評されることもある紅葉の句ですが、さすがは一世を風靡した人気作家。瑞々しく情景が浮かぶ作品が並びます。
鍋焼の火をとろくして語るかな
では最後に、尾崎紅葉がまさに紅葉の季節、秋を詠んだ俳句をどうぞ。
・鍋焼の火をとろくして語るかな
・秋を出て夕暮通る舟一つ
・鬼燈も紅葉しにけり緋金巾
・星既に秋の眼をひらきけり
・秋もはやさらばさらばと落し水
・南天の実のゆんらりゆらりと鳥の立つ
【句の引用と参考文献】
『ザ・俳句十万人歳時記 秋』(第三書館)
『現代俳句大事典』 (三省堂)
尾崎紅葉(著)『紅葉全集〈第9巻〉俳句・初期詩文』(岩波書店)
