シリーズ『熊本地震10年あの日を忘れない』です。『本震』によって被災した当時の熊本市民病院から転院を余儀なくされ、その後、命を落とし、『災害関連死』に認定された4歳の女の子がいます。女の子の母親は、娘と同じ悲劇を繰り返さないために、自らの経験を伝え続けています。
【宮崎 さくらさん】※崎の字は「立さき」
「やっぱり4歳なんですよ。私たちの中にいるのは、4歳のあの時の花梨。今の私たちを見て、花梨が安心できていればいいと。笑顔でいてくれれば」
合志市に住む宮崎さくらさんです。熊本地震で次女・花梨ちゃんを亡くしました。
先天性の重い心臓の病気だった花梨ちゃんは、当時の熊本市民病院で手術を受けた後、合併症で肺炎になり、ICUで治療を受けていました。
そこで、熊本地震の『本震』に見舞われました。
【郡司 琢哉 アナウンサー】
「大きな揺れがありました。熊本市民病院です。中から出てきている人もいます」
『本震』で、市民病院は倒壊の恐れがあるとして、300人余りの入院患者は転院を余儀なくされました。
花梨ちゃんは転院先の福岡の病院で容体が悪化、『本震』の五日後に亡くなりました。4歳でした。
花梨ちゃんはその後、『災害関連死』に認定されました。
あの日から10年。花梨ちゃんの母・さくらさんを訪ねました。
【宮崎 さくらさん】
「すごくいい季節じゃないですか。サクラも咲いてね。花もきれいに咲いて。きれいなのは分かっているけど、ガラスを1枚隔てて見ているような感じ。そこは変わらない。まだ時間がかかるんだと思う。実感するのには」
さくらさんは毎朝、花梨ちゃんに話しかけています。
「きょうもいっぱい遊ぼうね」
生前、花梨ちゃんがいつも話していた言葉です。
【花梨ちゃん】
「いっぱいあそぼうね。おもちゃでいっぱいあそぼうね。バイバイ」
さくらさんは、おととし3月に『災害関連死を考える会』を立ち上げ、医療従事者や学生などに講演を続けています。
3月19日、新潟市で開かれた日本災害医学会の学術集会。さくらさんは花梨ちゃんの写真を首から下げて、講演に臨みました。
【宮崎 さくらさん】
「娘の経験から得た『災害関連死』という学びを悲しみにとどまらせず、防災意識の向上と災害関連死を減らす担い手の育成につなげていく。『災害関連死』は過去の出来事ではなく、これからの災害医療に向き合うべき課題だと考えています」
講演後、涙があふれたさくらさん。そこには、花梨ちゃんが亡くなるときに交わした、ある約束への思いがありました。
【宮崎 さくらさん】
「いずれ〈あちらに〉私が行ったとき、花梨に『ママ頑張ったね』って言ってもらえるような過ごし方をできたらいいなと思って。もう二度と、もう二度と同じことが繰り返されないように。そのために自分が何ができるか。私ができるのは当時のことをしっかりと伝えること。そこから何かを考えることにつながってもらえたらうれしい」
あの日から10年。花梨ちゃんと同じ悲劇を繰り返さないために、さくらさんは『災害関連死』の課題に向き合い続けています。
熊本地震で課題となった『災害関連死』をいかに減らしていくか、私たちも向き合っていかなければならないと思います。

