7月19日は幻化忌。戦後文学の代表者、梅崎春生の面白さを再発見
坊津の夕日
暗号特技兵として終戦を迎える
梅崎春生が終戦を迎えた桜島
その後も、『日の果て』『B島風物誌』などの戦争ものや荒廃した戦後を描く作品で、人間心理の陰影表現を追求。市井の日常を洒脱なユーモアで包んだ『ボロ家の春秋』で、1954(昭和29)年の直木賞を受賞します。しかし深酒による肝硬変のため、梅崎春生は1965(昭和40)年7月19日、50歳で急逝。直前6月に書き上げたばかりの遺作が、『幻化』でした。
『幻化』は喪失者へのメッセージ
坊津の風景
常に「死」の気配と虚無感が漂う梅崎春生の作品は、声高に正義を叫んだり、社会や政治を断罪する姿勢はありません。彼の文学の特徴は、「分身構造」だとよく語られます。『幻化』でも、主人公の分身の如くの相手役への呼びかけで、小説の幕は閉じられます。阿蘇山の火口を舞台に放たれたそのメッセージは、文字通り梅崎春生の遺言となり、穏やかな希望も交えつつ現代の私たちにも届けられているのです。
リアルな不安感、軽妙なユーモア
阿蘇山の火口
戦後文学の結晶と言われる『幻化』だけではなく、ユーモアたっぷりの随筆も一読をお勧めします。飼い猫とのエピソードなどは、思わず吹き出してしまう面白さ。酒の飲み過ぎで命を縮めたのでしょうが、夫人は、梅崎春生について「物静かで家庭を愛し人を愛した人」と語っています。
そして本人はといえば、身辺雑記「悪酒の時代」でこう記しました。「なぜ酒を飲むか。そこに酒があるからである。ところが当時、つまり戦争中の私の心境は、今の心境と正反対であった。すなわち、なぜ酒を飲むか。そこに酒がなかったからである。」
●参考文献
梅崎春生 (著) 『桜島 日の果て 幻化』(講談社)
梅崎春生 (著) 『悪酒の時代 猫のことなど 梅崎春生随筆集』(講談社)
『梅崎春生〜作家の見つめた戦中・戦後』(鹿児島近代文学館)
